パート収入と壁問題
世帯の主な収入は夫(又は妻)で、その配偶者がパートタイマーとして働いているような夫婦の場合、配偶者の働き方(収入)により「世帯収入が減る」いわゆる「壁」問題や法律改正「社会保険加入の条件拡大」による収入減に対する対策について整理しました。内容をわかり易くする為に実際の計算方法と異なる部分もありますがご了承ください。
壁問題とは
そもそも夫婦共働きのように、お互いがそれぞれ独立して収入を得てそれぞれが税金を納め、社会保険料を負担していれば、いわゆる「壁」問題というものは最初から乗り越えている為、気にする必要はありません。
それに対して、専業主婦であった人が、パートタイマーで収入を得るようになった場合、その収入金額によっては、①夫の給料に支給されていた扶養手当がなくなったり、②妻の給料に所得税や住民税が課税されたり、③今まで世帯主の「扶養家族」であったことで、社会保険料の負担が免除されていたものが、妻の給料から天引きされたりすることで、結果的に夫婦の世帯収入が減る。いわゆる「壁」問題が発生することになるのです。
この「壁」問題については、従来からも取り出されていましたが、さらに問題を複雑にしたのが、2016年10月の法改正での「社会保険加入の条件拡大」と2017年の法改正での「配偶者控除の範囲拡大と条件変更」です。特に「130万円の壁」で後述しますが、「社会保険加入の条件拡大」により今まで社会保険加入対象外であった短時間労働者でも今後、社会保険加入対象に含まれることになり、結果的に手取金額が減少するケースも考えられますので、まずは現状について理解しておきましょう。
税金と社会保険の2つの壁
主な壁とは、収入金額が103万円、106万円、130万円、150万円をそれぞれ超えるときに起こる手取金額の減少(または上昇幅の鈍化)を指しますが、この中で税金(所得税、住民税の課税)が原因となり手取金額に影響を与える103万円と150万円の壁は、収入の増える幅が鈍化するだけで、収入が増えれば手取金額も増える比較的低い壁である半面、106万円と130万円の社会保険(健康保険、年金保険)の壁は、収入額次第では、収入が増えても手取金額が逆に少なくなる壁の為、この壁を越えるべきか超えざるべきか多くのパート主婦の悩みの原因となっています。
では、まずそれぞれの「壁」について説明します。
103万円の壁
税金を計算する上で年収が103万円未満の場合、税金は徴収されませんが、103万円以上になると所得税と住民税が徴収される、いわゆる「税金の壁」です。(住民税は年収100万円以上から徴収されます。)
所得税の計算
所得税は以下の計算式で求めることが出来ます。
所得税額=(年収-給与所得控除額-社会保険料控除-基礎控除額)×所得税率
前提は以下のとおりとします。
- 収入はパート収入のみ
- 所得控除は「給与所得控除」「社会保険料控除」「基礎控除」のみ
- 給与所得控除額は以下の(図表1)を参照
- 復興特別所得税は省略
給与等の収入金額 | 給与所得控除額 |
1,625,000円まで | 550,000円 |
1,625,001円から1,800,000円まで | 収入金額×40%-100,000円 |
1,800,001円から3,600,000円まで | 収入金額×30%+80,000円 |
3,600,001円から6,600,000円まで | 収入金額×20%+440,000円 |
6,600,001円から8,500,000円まで | 収入金額×10%+1,100,000円 |
8,500,001円以上 | 1,950,000円(上限) |
例えば、パート収入が120万円の場合
給与所得控除額は、550,000円
社会保険料控除は、0円
基礎控除額は、480,000円
所得税率は、5%
となり、この金額を式に代入すると
(1,200,000 – 550,000 – 0 – 480,000) × 5%
結果、所得税額は8,500円となります。ここでは、所得税率を5%としていますが、収入額が195万円以上であれば所得税率は異なりますのでご注意ください。
住民税の計算
住民税の計算については
- 地域(市区町村)毎に計算式や係数が異なる
- 今年の収入金額で求めた住民税は、来年の住民税として徴収される
等、複雑な為、ここでは簡易的に
- 住民税率は10%
- 今年の収入金額から求める
として、以下の計算式で求めることが出来ます。
住民税額=(年収-給与所得控除額-社会保険料控除-基礎控除額)×住民税率
例えば、パート収入が120万円の場合
給与所得控除額は、550,000円(所得税の表と同じ)
社会保険料控除は、0円
基礎控除額は、430,000円
住民税率は、10%
この金額を式に代入すると
(1,200,000 – 550,000 – 0 – 430,000) × 10% となり
住民税は22,000円となります。
結果、120万円の収入に対して、所得税(8,500円)と住民税(22,000円)
が差し引かれて手取金額は1,169,500円となります。
上記の例では、年収をベースに計算していますが、実際には、給料明細を見ると月給が、88,000円以上になると所得税は課税されていると思います。但し年収で103万円を超えていなければ、年末調整により多く支払った所得税は12月の給料で還付されています。また、複数の会社から給料をもらっている場合は、確定申告により多く払った所得税は取り戻すことも可能です。
106万円の壁
この壁は、いわゆる「社会保険の壁」にあたります。但し、この壁が関係するかどうかについては、パートでお勤めの会社の規模や働き方によって異なります。2016年(平成28年)10月からは、以下の要件を全て満たした場合、健康保険・厚生年金保険の被保険者となり、この壁の対象者となります。
「106万円の壁」要件
(事業所の要件) 以下のいずれか。
- 従業員数が常時501人以上の事業所(特定適用事業所)で働いている
- 従業員数が常時500人以下で社会保険への加入が労使で合意されている事業所(任意特定適用事業所)で働いている
(短時間労働者の要件)
- 週の所定労働時間が20時間以上であること
- 雇用期間が1年以上見込まれること
- 賃金の月額が88,000円以上であること
- 学生でないこと
つまり、上記の要件を全て満たしている場合は、社会保険料(健康保険、厚生年金保険)を収入金額から天引きされることになります。
年収106万円(月額88,000円)の場合、月額保険料(健康保険料と厚生年金保険料の合計額)はおよそ25,000円となります。但し、労使折半の為、実質的な負担は半分の月額12,500円となり、年額ではおよそ150,000円の収入減となります。
但し、後述の「130万円の壁」と異なり、健康保険・厚生年金であるため、労使折半であることで負担が少なくて済むことは大きなメリットです。短期的には収入の減少となりますので、時間的な余裕があれば、更なる収入の増加を図る方向で検討しましょう。また、永く勤めることが可能であれば、厚生年金の上積みや健康保険の手当金(傷病、出産)のメリットも得ることが出来ます。
今後、以下のように法律改正に伴い短時間労働者の健康保険・厚生年金保険の適用が更に拡大されます。この「106万円の壁」について、現在対象でない方もこの数年の間に対象に含まれる可能性がありますので、今後の働き方について検討しておく必要があります。
2022年(令和4年)の改正
【事業所の要件】
- (変更前)従業員数が常時501人以上の事業所
- (変更後)従業員数が常時101人以上の事業所
【短時間労働者の要件】
- (変更前)雇用期間が1年以上見込まれること
- (変更後)雇用期間が2か月を超えて見込まれること(通常の被保険者と同じ)
2024年(令和6年)の改正
【事業所の要件】
- (変更前)従業員数が常時101人以上の事業所
- (変更後)従業員数が常時51人以上の事業所
130万円の壁
もし、パート先が「106万円の壁」で記載した事業所の要件を満たしていない場合でも、パートでの年収が130万円を超えた時点で社会保険料は、自己負担となります。
但し、パート先(個人事業主含む)の加入社会保険制度により自己負担額は異なります。
一般的には、株式会社などの法人の事業所、または従業員が常時5人以上いる個人の事業所(農林漁業、サービス業などの場合を除く)にお勤めの場合は、健康保険(「協会けんぽ」又は「健保組合」又は「共済」)と厚生年金への加入となり、それ以外では、国民健康保険と国民年金への加入となりますが、任意適用事業所として健康保険・厚生年金保険に加入できる制度など例外もありますので、パート先で確認することをおすすめします。
健康保険料
健康保険料(協会けんぽ)の場合
保険料は都道府県別の保険料額表に基づいて計算します。等級や標準報酬月額は全国共通ですが、料率については、都道府県別に異なります。
例えばパート収入が年収131万円(月給109,166円×12ヶ月、ボーナス0円)の場合、標準報酬月額は110,000円(7等級)となります。仮に東京都(図表2)の場合であれば、赤枠(6,402円)が月額自己負担額となり年間では、12ヶ月分の76,824円が自己負担(同額を会社も負担)となります。
保険料額表の最新版は、全国健康保険協会ホームページをご覧ください。
国民健康保険(区市町村国保)の場合
保険料は区市町村で計算方法が異なります。こちらのサイトでもシミュレーションできますが、最新の計算方法については、各市区町村にご確認ください。
例えばパート収入が年収131万円(月給109,166円×12ヶ月、ボーナス0円)の場合、令和3年度の東京都世田谷区の料率・計算方法を用いて算出した場合、年間では108,435円が自己負担となります。
年金保険料
厚生年金保険料の場合
保険料の計算には健康保険(協会けんぽ)で使用した都道府県別の保険料額表を用います。
例えばパート収入が年収131万円(月給109,166円×12ヶ月、ボーナス0円)の場合、標準報酬月額は110,000円(4等級)となります。健康保険料(協会けんぽ)と同じく東京都(図表3)の場合であれば、赤枠(10,065円)が月額自己負担額となり、年間では、12ヶ月分の120,780円が自己負担(同額を会社も負担)となります。
国民年金保険料の場合
年度ごとに一律の金額です。令和3年度の保険料は月額16,610円。年間では12ヶ月分の199,320円が自己負担額となります。最新版は日本年金機構のホームページをご覧ください。
手取金額への影響は
上記で算出した自己負担額を基に手取金額を計算すると以下のようになります。
パート収入が131万円とすると
- 「従業員が5人以上の個人事業所又は法人」の場合
社会保険料(協会けんぽ、厚生年金):197,604円
所得税:4,100円
住民税:13,200円
手取金額:1,310,000 – 197,604 – 4,100 – 13,200 = 1,095,096円 - ①以外の場合
パート収入:1,310,000円
社会保険料(国民健康保険、国民年金):307,755円
所得税:0円
住民税:2,200円
手取金額:1,310,000 – 307,755 – 2,200 = 1,000,045円
パート収入が106万円を超えた時点で社会保険料の自己負担の対象でなかった方も、この「130万円の壁」を超えた時点でパート先が①の場合であれば約20万円、②の場合であれば約30万円の収入の減少となります。
150万円の壁
夫の収入から妻のパート収入に応じた配偶者控除(または配偶者特別控除)が減額されることにより夫の所得税及び住民税の減額を受けることが出来ます。以下の表で確認すると、夫の所得が900万円以下(収入ベースで1,120万円以下)の場合、妻のパート収入が150万円を超えると控除額の満額(38万円)から段階的に減額され201.6万円を超えた時点で配偶者特別控除は終了します。つまり、妻のパート収入が150万円を超えると、夫の配偶者特別控除が満額から減少することで、結果的に夫の給料の手取金額が減少することになります。言い換えれば「夫側の税金の壁」と言えます。
但し「150万円の壁」は、「106万円の壁」や「130万円の壁」のように大きく世帯収入が減少することは無く、妻のパート収入の増額に応じて、世帯収入も増える為、特段意識をする必要はありません。
シミュレーション
以下の夫婦をモデルに試算してみましょう。
夫42歳、会社(法人)に勤務、年収800万円
妻40歳、パート勤務
子供なし、住宅ローンなし、加入保険なし
「特定適用事業所」の場合
妻のパート先が「特定適用事業所」の場合であれば、「106万円の壁」で、社会保険料(健康保険料、厚生年金保険料)の約18万円の自己負担分により、妻の手取金額は約90万円まで減少します。その後、社会保険料負担前の手取金額(106万円)にするためには収入で約125万円まで増やす必要があります。
参考データ:全国健康保険協会 令和3年東京都 保険料額表
「特定適用事業所」以外の場合
妻のパート先が「特定適用事業所」以外の場合であれば、「130万円の壁」で、社会保険料(国民健康保険料、国民年金保険料)の約30万円の自己負担分により、妻の手取金額は約100万円まで減少します。その後、社会保険料負担前の手取金額(130万円)にするためには収入で約165万円まで増やす必要があります。
参考データ:国民健康保険料 令和3年 東京都世田谷区(40~64歳)
国民年金保険料 令和3年版 16,610円
まとめ
扶養の範囲内で家計を助けたいといった理由で、パート収入を106万円または、130万円までに抑えて仕事をする。といった働き方は今まで一般的に行われてきました。もちろん、仕事に向ける時間を増やすことが出来ない家庭の事情がある場合は、仕方がありませんが、もし勤務時間を増やせる余裕があっても収入の減少することへの不安により仕事量をセーブして収入を制限しているようであれば、106万円や130万円の壁を越えて収入を増やす選択肢も検討してはいかがでしょうか。なぜならこの数年の間に、法律改正により、短時間労働者の社会保険(健康保険・厚生年金保険)の適用範囲の拡大が決まっているからです。この改正により、今まで収入の減少を避ける為に「130万円の壁」に合わせて収入の調整をしてきたことが、一気に「106万円の壁」に置き換わる可能性があり、これにより、確実に社会保険料の自己負担により、収入が約20万円減少することが考えれれるからです。その対策として先回りして収入を増やしておくことが必要と考えられます。特にパート先の会社が従業員数50名超500名以下の規模の場合は、影響を受ける可能性がありますので、早めに対策を講じておきましょう。