在職老齢年金の見直しについて

2019年10月9日及び11月13日の社会保障審議会(年金部会)で議論された在職老齢年金制度の見直し(特に65歳以上の在職老齢年金の基準額の見直し)についてメディアが取り上げていましたので、少し解説します。

在職老齢年金とは

在職中に受ける老齢厚生年金を受給されている方の年金額は、受給されている老齢厚生年金の月額(基本月額)と総報酬月額相当額により、年金額が調整されます。この調整後の老齢厚生年金のことを在職老齢年金といいます。詳しくは「在職老齢年金」。

背景

今回の在職老齢年金の見直しの背景は、

  • 今後、生産年齢人口の減少が加速化する中で高齢期の就労の重要性が増すこと
  • 高齢期の就業が多様化する中で現役期の働き方に近い形で就労する高齢者も増加してきていること
  • 現在の65歳以上の在職老齢年金での調整水準(47万円<2019年度>)は「現役世代の平均的な報酬水準」を基に設定されているため、現役世代の働き方に近い形での働き方を長く続けることによる年金水準の充実の効果が限定される仕組みとなっていること

これらを考慮して、今後の高齢期就労の変化を念頭に制度の見直しを行うのが、この議題の目的のようです。

65歳以上の在職老齢年金制度の見直し

65歳以上の在職老齢年金制度の見直し案として以下の3案(11/13に見直し案としてケース3を提出)を検討。

  • ケース1:基準額を62万円に引き上げ(10/9提案)
  • ケース2:完全撤廃(10/9提案)
  • ケース3:基準額を51万円に引き上げ(11/13提案)

ケース1:基準額を62万円に引き上げ

一部の上位所得者(在職受給権者の約9%程度。約23万人)は、引き続き支給停止の対象ですが、約91%の在職受給権者は支給停止の対象から外れることになります。ちなみに現行の基準額47万円では、約17%程度の上位所得者が支給停止対象となっています。

基準額62万円の根拠となった数値は、現役男子被保険者(第1号厚生年金被保険者のみ)の標準報酬額(賞与込み)の平均額は42.5万円であり、これに+1標準偏差を加えた61.4万円と思われます。

ケース2:完全撤廃

年金制度は、本来、保険料を拠出した人に対し、それに見合う給付を行うことが原則ですが、現実論としは、そのしわ寄せが現役世代の負担増につながるため実現性は低く、特にこの会議の中では、深く検討された形跡はありませんでした。

ケース3: 基準額を51万円に引き上げ

10/9検討の基準額62万円引き上げ案に対して「所得の高い人にさらに年金が支給されることになる一方、将来世代の支給水準が下がる」などの指摘が出されたため、11/13の会議では引き上げ幅を縮小し51万円に修正した案が提出されました。

51万円の根拠は、現役男子被保険者の平均月収(ボーナスを含む)(43.9万円)と65歳以上の在職受給権者全体の平均年金額(報酬比例部分)(7.1万円)の合計額という言ことらしいです。細かい話ですが、現役男子被保険者の平均月収(ボーナスを含む) が62万円の検討時と微妙に違うのが気になりました。

62万円引き上げの場合、在職受給権者の約9%(約23万人)が支給停止の対象でしたが、51万円引き上げとした場合は、約13%(約32万人)が引き続き支給停止の対象者となり、約87%の在職受給権者は支給停止の対象から外れることになります。

65歳以上の在職老齢年金を見直した場合のモデルイメージ

年金額(基本月額)が10万円の場合

報酬比例部分の年金が10万円で年金支給停止の基準額が47万円(現状)の場合は、ボーナス込みの賃金が37万円(年収444万円)を超えると年金の一部支給停止が始まり、ボーナス込みの賃金が57万円(年収684万円)を超えると年金は全額停止となります。

今回の見直しにより年金支給停止の基準額を51万円(見直し後)に変更した場合は、ボーナス込みの賃金が41万円(年収492万円)を超えると年金の一部支給停止が始まり、ボーナス込みの賃金が61万円(年収732万円)を超えると 年金は全額停止となります

私見

5月15日に安倍政権が発表した「高年齢者雇用安定法」では、「希望する人は70歳まで働けるように雇用を確保することが企業義務」との方針を発表していますが、一部の大手企業や高齢者雇用に熱心な企業を除いては、まだまだ実態は遅れているように思います。

多くの企業の定年制度では、いまだ定年60歳。そのあとは、関連企業での雇用延長、会社からの再就職先の斡旋などにより65歳までの5年間をどうにか食いつなぐことになります。運よく同じ会社内での雇用延長が認められた場合でも、給料は現役時代から比較すると大幅に減少するケースが多いようです。

仮に60歳以降の賃金が、60歳までの現役時代の賃金の60%に減額されたと想定すると、

現状のケース(支給停止の基準額が47万円、65歳以降で年収444万円)の場合、現役時代は年収は約740万円あったと推測できます。同じく、年金全額停止は年収で約1,140万円となります。

また、見直しのケース(支給停止の基準額が51万円、65歳以降で年収492万円)で同じ計算を行うと、現役時代は約820万円。 同じく、年金全額停止は年収で約1,220万円となります。

結論としては、現在の定年制度の実態からすると、今回の在職老齢年金の支給停止基準額の51万円への見直しについては、一般的なサラリーマンには大きな影響はないと思われます。基本的には65歳で再雇用も終えて収入がほぼ年金だけとなっている訳ですから。

専門的な技術者の方や会社役員クラスのある方からしてみれば、62万円でも低いと感じるかも知れませんが、65歳を超えて年金以外の年収ラインがが444万円から492万円に上がったところで平均的な一般サラリーマンの在職老齢年金への影響は小さいと思えます。

あくまでも、この私見は、現状の60歳定年で給与が60%減になるということを前提とした場合を言っているもので、 最初に書いた「高年齢者雇用安定法」での「希望する人は70歳まで働けるように雇用を確保することが企業義務」という方針が十分企業側に浸透し、定年延長後も現役時代並みの給料維持となれば、もちろん話は変わってきますが・・・。

関連資料

社会保障審議会(年金部会)|厚生労働省